代表ブログ『ダメ女七転八倒の旅(前半)』

2019年夏に佐藤美香さんと再会し、その志に感銘を受け、今回のCD制作のディレクターとケータリングシェフ(?)を担当することになり、待望のファーストアルバム『風笛』が完成しました。是非お買い求めください。

今回はレコーディングの舞台裏を通じて音楽を楽しんでもらうための仕掛けについてお話しさせていただこうと思います。

0 プロローグ

彼女は前商時代の教え子ですが、当時は音楽の道に進む気はなく、成績も優秀でしたので東京電力に就職。その後、前橋市民吹奏楽団に所属して趣味としてオーボエを続けていました。しかし、東日本大震災を契機に群馬から東京本社に異動となり、被害者の補償業務にあたることになります。

業務をすすめる中で、大切な人を失った喪失感やその記憶、さらに心の傷を自分の奥底にしまい込みながらも、明日に向かって必死に生きようとする被災者の生き様に出会い、金銭的な補償業務は他の人でもできるけれど、音楽のチカラで心を癒すことは自分にしかできないという感情が芽生え始めます。

そして世の中には他にも様々な苦しみや生きづらさを抱えながら必死に生きている人たちが沢山いる。そういう人たちの心に寄り添い、傷ついた心を癒せる音楽を提供したい、そんな想いから東電を退社し、フリーランスのミュージシャンとなりました。

1 食える仕事から食えない音楽の仕事に転職した女

音楽を志していた人が厳しい現実に直面して音楽を諦めて就職するという事はよくある話。その中で佐藤美香さんは、あの東電を辞めて演奏家になった人。食えない仕事から食える仕事に転職するなら分かるが、食える仕事から食えない仕事に転職する馬鹿は普通に考えていない。

現に一年前の佐藤美香さんのコンサートのお客様は数えるばかりだった。付け加えると演奏もトークも決して上手とは言えないレベルだった。しかも、なぜ東電を辞めて演奏家になったのかが自分でも良く分からないまま『思いつき』で辞めてしまったとしか思えない。もうこれ以上ないダメダメ人間である。

それなのに音楽で生きて行きたいという熱意だけは凄かった。ただ、それ以外は全部ボロボロ。彼女に手を貸し導いてやれば、聴く人に“元気と困難に負けない勇気を与えられる音楽家”になれるかもしれないという、ワクワクするものを感じた。例えは悪いが24時間テレビで困難を乗り越えて頑張っている人に背中を押されたような感じがしたのだ。

演奏を聴いて自分もやりたいと思わせる人と、自分には無理と思わせる人がいるが、その違いは何処から来るのだろう。それは自分が苦しんだか苦しまなかったかの違いではないだろうか。

例えが古くて恐縮だが、巨人の江川の球を見た人はこれでは打てないと誰もが思い、20勝を挙げて巨人のエースに登り詰めるが、その巨人には西本というドラフト外で入団してきた無名の選手がいた。西本には打者の胸元をえぐるようなシュートしか決め球はなかったが、江川への猛烈なライバル心を武器に勝ち星を重ね、江川には勝ち星で及ばなかったが、新聞記者の投票による沢村賞には西本が輝いた。才能に恵まれなかった西本の苦しみに、多くの野球ファンは背中を押されたのである。

かくして佐藤美香さんは、高校時代の部活顧問との再会によって、ダメ女七転八倒の旅の火蓋が切られたのである!

2 生きる希望を失いながらも東電社員のことを気遣う人たち

久しぶりに再会した教え子の演奏会で感じたことを話す前にしなければならないのは、まずは彼女の話しを聞く事だ。結局人は節目節目の判断で人生を構築して行くのだから、結果論でその判断は間違いだったと説教するのは簡単だ。しかし未来は誰にも分からないのだから、その判断がどの様に行われたのかに根気強く耳を傾けるしかない。

どうして東電を辞めたのか。
どうしてフリーランスの演奏家になったのか。
これからどういう活動を考えているのか。

これらの問いに彼女の答えは、

「フリーランスの演奏家としてダメだったら、生きて行くためにはフリーターでもバイトでも構わない。今後の予定は特にないけれど、とにかく聴く人の心に寄り添う音楽がしたい。」

ということだった。

でも何故東電を辞めたのかについてはどうにも理解できなかった。確かに東日本大震災で被災された方々への補償業務というのは大変な仕事だと想像が付く。更に群馬から東京に通う毎日の遠距離通勤。住む家を失った被災者に頭を下げながら行う業務だから、趣味で音楽をやっていますなんて呑気なことは口が裂けても言えない。だから彼女自身も演奏活動を自粛せざるを得なかった。

こうして彼女の中から静かに音楽の灯火が消えようとしていた頃、彼女は遂に壊れる寸前でブレーカーが落ちる。

「私、十分頑張ったよね」

もう彼女には「辞める」以外の選択肢はなかったのだ。

他人から見れば何を甘いこと言っているんだと思われるかも知れないが、高校時代も東電時代もボーっと生きてきた彼女には、ここまで追い詰められたのは生まれて初めて経験する事だったに違いない。

「大変だったね」「辛かったね」そんな言葉しか彼女にはかけられなかったが、長年教師をやってきた私にも説教するタイミングかそうでないかくらいは判断できる。今は結果論で説教する時ではない。今は彼女の判断を認めてやることだ。彼女の言う“心に寄り添う音楽がしたい”という願望は、辛い状況にある人は誰かが自分に寄り添っていて欲しいということの裏返しなのだ。その結果貯金を食い潰すことになろうが、彼女は辞めるという判断を下すことで、ギリギリのところで自分自身を守ったのだ。

以来、私は彼女にカウンセリングを通して徹底的にその時の思考経路を振り返らせた。そして東電社員に罵声を浴びせる人も中にはいたが、大半の人は大切な人を失い、家庭を失い、住む家を失い、職を失い、生きる希望を失いながらも補償業務にあたる東電社員のことを気遣いながら前に進もうとする人たちがいたことに気付くことができた。そして東電が行う補償業務は他の人でもできるが、心に大きなダメージを受けながらも前を向く人たちの心に寄り添うために、自分には音楽しか無いと真っ直ぐな思いで東電を辞めることを判断したのだ。

周りの人達からたっぷりと愛情を注がれてぬくぬくと育ってきたからこそ、彼女は損得を考えずに自分は東電を辞めてフリーランスの演奏家になろうと決めたのだ。

と同時に、これから彼女が行う活動のデザインや音楽の方向性はほぼこの段階で固まりつつあった。プロデュースの大前提はその人にしか出来ないダイヤの原石を見つけ出すことなのだ。

3 レコーディングした音を画像分析

フリーランスのオーボエ吹き佐藤美香さんをプロデュースするために、細々とコンサート活動を続ける彼女に、入場料収入に加えてグッズ販売としてCDの制作を勧めた。最初彼女は身の丈に合った100枚程度の制作を希望したが、それでは製造コストを回収するだけで利益は出ないので1000枚制作を提案した。しかし彼女は在庫を抱えてしまう危険性を考えて二の足を踏んでいた。

当然クオリティーの低い商品は評価されずに売れ残ってしまう。CD制作の一番の目的はレコーディングを通して演奏のクオリティーを向上させ、ライブ演奏にもそれがフィードバックされることだ。そのためには彼女には無理やり経験を積んでもらうしかない。

そこで販売促進用としてデモCD「オーボエの音浴時間」を音楽畑のスタジオで収録し、正規のファーストアルバムが発売された際に購入してもらうための引換券のように無料で配布するよう勧めた。販促CDの制作費は広告費のようなものだから全額音楽畑で負担することにした。しかしこの販促CDのクオリティーがリスナーにとっては絶好のお試し商品となり、これでは高い金を出してまで買うほどではないという評価をされてしまうと、逆に販売の妨げになってしまう怖さもある。しかし、ダメ女はそんな地雷が潜んでいることに気づくことなく、「タダで販促用CDを作ってもらえる!わーい、ラッキー!」と無邪気に喜んでいたが、それはともかく彼女の人生初のレコーディングが動き始めることになる。

私は今回収録予定の曲を何も言わずに演奏させ、それをビデオに遺した。ビフォア・アフターを検証するためである。続いて収録曲の仮録音を行い、パソコンの画面上で彼女の演奏の癖や楽器の特性を分析する。管楽器の場合、ピアノやオルガンのように一定の強さで弾けば一定の大きさの音になるのではなく、倍音の関係で鳴る音と鳴らない音の差が歴然と出てしまう。だから奏者は一つ一つの音に神経を配りながら、鳴らない音には強く息を使い、鳴る音には息をセーブしてやることで一定の音量を維持している。

加えて音の立ち上がりが早い音と遅い音があるから、立ち上がりが早い音にはゆっくりとした息とタンギングを、遅い音には早い息を入れながらタンギングで音の輪郭をハッキリさせることで、音楽が一定のテンポ感と速度感を持って流れるようになる。加えてオーボエは開管楽器(下に行くに従って内径が広がって行く楽器)なので音程が高くなるにつれて音量が小さくなってしまう。普通音程が高くなって行くと音量も比例して大きくなるのだがオーボエは逆なのだ。だから盛り上がるところ(音程が上がって行くところ)を普通に吹くと盛り下がってしまうという実に扱いにくい楽器なのだ。

しかし実際にそれが出来ているのかを検証するには、レコーディングした音を分析画像で確認すると一目瞭然である。今回添付した画像はその一例。上の画面は伴奏のピアノの音。中央の画像が佐藤美香さんの当時のオーボエの音。上下に広がっている音は鳴りやすい音。狭い音は鳴りにくい音。また時間の経過に伴って末広がりの形で広がって行くのは立ち上がりが遅い音。写真から分かるように、彼女の奏法上の癖は瞬時に立ち上がる音が少なくて、いつも音を押していることが見て取れる。

こうして彼女の楽器の特性や奏法上の癖を確認しながら、同じところを何回も録り直して画像で確認することを繰り返すことで、彼女は自分の課題がどこにあるのかを徐々に見つけ出し、今まで注意していたつもりでも全然出来ていなかったことに気づくことができた。

表現云々の前に、まず当たり前のことが当たり前にできていなければプロの仕事ではない。自分はやっていると言うのと出来ているは全く別物だ。出来ているかを判断するのは自分ではなく他人なのだ。しかし、それに気づくことができれば後はそれを修正するだけである。問題だったのは本人がそれに気づけていなかったことだ。こうして録音に向けての基礎工事段階は何とか終わることができたが、これはあくまでも物理的な音処理の段階の話で、音楽を楽しめない初歩的な原因を取り除いたに過ぎない。音楽を楽しめるようになるかは次の段階での仕掛けが大事なのだ。

4 愛は許すこと、受け入れること

さて一通りの基礎工事が終わったところで、曲の表現の段階に入る。当たり前だが絵画や写真のように一瞬を切り取った芸術と異なり、音楽や演劇のような時間芸術は起承転結が重要である。

だが彼女はそのことについて深く考えたことがなかったようで、全部が大事みたいなメリハリのない演奏に終始し、表現の濃淡が全く描けていなかった。

そこで一曲一曲がどういう経緯で作曲され、何が言いたい曲なのかについて彼女を質問攻めにした。もちろんこちらは事前に全部調べてあるので、質問攻めを繰り返して完膚なきまでに相手を叩きのめすという高校時代の指導を再現しただけである。

そのことを知っている彼女は落ち込む表情も見せず、私の懇切丁寧な解説にこの曲はこういう想いを表したくて作られたんだと、自分自身は何もせずに知ることができた。

さすがダメ女は生きて行くための処世術に長けている。やればできるのに他人がやってくれるから自分からは何もしない。(ここ大事なところです。この後何回もこういう場面が出てきます)

しかし、表現段階になると頭ではわかっていても、それをどう表現するかは本人の感性に依るところが大きい。以前にも触れたが彼女のコンサートは演奏もトークも決して上手ではなかった。というより彼女の話し方そのものが演奏にそのまま出ていると言った方が近い。彼女の話し方は表情に乏しくぼそぼそと小声で話し、かつトークの構成が甘くいつも話の最後は今の話は何が言いたかったんだ?という尻切れトンボのような話し方をする。まさに彼女の演奏表現そのものである。

これを一気に解決するには彼女の人格そのものを入れ替えるしかない。だがダメ女が急にイイ女に変身するはずもない。普通演奏は聴く人に訴えかけるように表現するものだ。トークも然りだ。だから場合によっては説教されているような押し付けがましい表現になってしまうことも少なくない。しかし、ダメ女佐藤美香さんにはそういうところは全く見られない。やれと言われてもできないのだ。これには私も参った。

本人なりには精一杯やっているのだろうが何度やってもそれが伝わってこない。

途方にくれる中、冷静になって今一度、佐藤美香さんの目指す“聞く人の心に寄り添える音楽”とは何かを考え直す。彼女にとって寄り添うということは、相手のあるがままを受け入れるということなのだ。むしろ相手にああだこうだとい言うのは受け入れてない証拠なのだ。

彼女が望んでないことをいくら求めても、それは彼女自身が発した言葉には絶対ならない。むしろ彼女の言葉で自分の想いを表現させるべきだ。やがて時が経ち彼女自身のトークが変わって行けば、その時演奏も同様に変わって行くだろう。今は彼女のありのままを受け入れて活かすしかない。

だから今回の『風笛』をお聴きになった方の多くが、淡々と演奏していると感じられたのではないかと思う。そうなのだ。あなただったらどうしますか?私だったらこうしますというような押しつけがましい表現でなく、佐藤美香の考えるところ、この主人公はこう考えてこうしたのではないでしょうかという表現に留め、後はそれを聴いた人がその人なりに、自分だったらどうするだろうと考えてくれればというところの表現を目指した。このことはボサノバの小野リサさんの表現法にヒントを得たものだ。

彼女が一番伝えたかったこと。【愛は許すこと、受け入れることであり、求めたり奪ったりするのではない】というメッセージ。理不尽に降りかかった自然災害を受け入れ、それでも逞しく優しく生きて行こうとする人たちに捧げた音楽、それが『風笛』なのだ。

後半に続く。

佐藤美香1stアルバム
『風笛』

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