2026年8月11日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
大学を卒業して教職に就いた私は、教科としての音楽は生徒に点数を付けて評価しなければならないことにずっと抵抗がありました。
その頃はまだ、音楽を点数化することなどできるのか?という疑問への答えを持ち合わせていなかったからです。しかも幼い頃からピアノを習っていたり、絶対音感を持っていたり、部活で楽器をやっていたりするので、全員が同じスタートラインから出発しているわけではないので、音楽経験の差が総括的評価に反映されるのは当然と言えます。
そして私が辿り着いのが、アメリカの教育心理学者のブルームが提唱した「完全習得学習(マスタリー・ラーニング)」の考え方でした。完全習得学習では、全ての児童生徒が最低到達すべき水準を具体化し、主要な目標群を構成する目標について、より小さい下位目標の集合に分け、児童生徒の適性(興味や既有知識など)を診断的評価し、それに合わせてそれぞれの下位目標を達成するのに最適な教材や教え方を選択します。
そして一定の教授活動の後、児童生徒の個々の習得度合いを評価(形成的評価)し、個々の児童生徒のつまずきを把握して、つまずきのある児童生徒には、それを克服するための補習的指導を行い、授業と形成的評価、補習的指導を繰り返していき、単元の授業が終了した後、総括的評価を行うという指導法でした。
専門用語が多くて難解な文章になってしまいましたが、頭ごなしに教えるのではなく、課題を見つけてそれを解決するための方法を授けて段階的に目標を達成させるという今流の指導法です。
時間とやり方さえ間違えなければ誰でも完全習得でき、頭の良い悪いは関係ないという考え方であり、多くの分野で形成的評価の考え方が広く知られることを願っています。
さて、本日の料理は…
🍳 うなぎの錦糸丼
🍳 エビフライと帆立フライ
🍳 トマトとズッキーニのイタリアン炒め
🍳 タコのマリネサラダ
🍳 さつまいもの豆乳カレースープ
2026年8月11日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
今年も吹奏楽や合唱の県のコンクールが終わり、その結果に一喜一憂したことでしょう。私も夏は暑くて意地を張り合う季節と割り切り、高校野球の応援、夏合宿、コンクールと、他校との競い合いのために汗を流したものです。
しかし、野球をはじめとしてスポーツは点数がはっきり出るので、このまま逃げ切りたいとか、逆転を信じて最後まで諦めないとかが非常に分かりやすいですが、音楽をはじめとして芸術は点数化はするものの、演奏中に点数が表示されることはなく、表彰式が終わったあとで審査員からの講評と点数を知ることになります。
そうすると審査員によって点数のバラつきがあり、平均点が高めの審査員もいれば低めの審査員もいます。しかし一番困るのは、特定の団体にだけ極端な点を付けることによって順位が大きく変わってしまうことがあります。
これを是正するために上下カットや偏差値制など様々なシュミレーションを試みましたが、結局これがベストという審査方法はありませんでした。
では何故コンクールに参加するのかというと、評価には様々な観点があり、審査員からの講評からこの人は何を基準に点数を付けたのかを関連付けて、課題解決に役立てるためだと思います。だから総得点が何点以上だから何賞というのを論ずるのは意味のないことであり、他人から褒められたい、認められたという承認欲求を満たすためにコンクールに出場することは、音楽を他人を倒すための武器にするということだと、指導者は子どもたちに教えておくべきでしょう。
さて、本日の料理は…
🍳 韓国風チキン丼
🍳 豚肉と厚揚げのコチュジャン炒め
🍳 ピリ辛ソースの冷奴温泉卵のせ
🍳 キムチスープ
2026年8月10日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
8月2日に開催した佐藤美香オーボエ朗読コンサートのアンケートの中には、「話の内容が重すぎる」「朗読が長い」というご意見もいただきました。
注文の多い料理店は、山猫が人間に仕返しをして食べてしまおうとする物語です。しかし宮沢賢治が描きたかったのは、同じ人間の中にも無慈悲な人間も、仏様の様な慈愛に満ちた人間もおり、山猫VS人間という単純な構図の寓話ではなく、命の尊厳を描くのが目的でした。
そのため、物語に登場する2人の若い紳士のうちの1人は慈愛に満ちた人間として、もう1人は無慈悲で自分の都合だけで生きる人間として描かれています。山猫が人間を食べてしまおうと思ったのは、命を粗末にする人間の傲慢さが許せなかったからであり、宮沢賢治は慈愛に満ちた人間すら殺して食べてしまおうとした山猫を、死んだはずの犬を生き返らせて成敗しました。
そんな複雑な人間描写をご理解いただくために、前半の部では無慈悲な人間を描くために、野良猫を殺処分する「命の値段」、野良猫をエアガンで撃って半身不随にさせた「この子の足になる」の2話を用意しました。
逆に慈愛に満ちた人間を描くために、大ヒットしたなめ猫が動物虐待と非難されたため活動を辞めて最期まで面倒をみた「なめ猫又吉の物語」、野良猫を学校で飼って面倒をみた高校生の「最後の授業」の2話を配置することで、人間にもふたつの心があることを「注文の多い料理店」の伏線として描きました。
確かに「話が重い、話が長い」と感じられた方もいたと思いますが、多くのお客様はその意図をご理解いただき、明日からの自分がどう生きるべきかを考えるきっかけにしていただけたようです。
今回のコンサートは宮沢賢治という人間の生き様をお客様にお届けして、生きることの尊厳と崇高さによって心を浄化していただくことを目的としています。
「賢治の声をお客様に届ける」
これこそが朗読コンサートの原点であり使命なのです。
さて、本日の料理は…
🍳 カレーうどん
🍳 鶏ササミのピカタ
🍳 なめこと厚揚げのさっと煮
🍳 長ねぎと油揚げのお味噌汁
2026年8月9日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
音楽畑の主催の朗読コンサートも3年目となり、この形態も少しずつ定着しつつあることを実感します。8月2日に開催した佐藤美香オーボエ朗読コンサートのアンケートにおいても、今までは圧倒的に演奏家目当てで来られたお客様が多かったのですが、今回は朗読目当てのお客様が数の上では拮抗しました。
それだけ宮沢賢治作品の人気が来場者数を押し上げたと言えます。またアンケートの記述欄においても、言葉と音楽の融合によりまるで絵画のように宮沢賢治の世界が目の前に広がり、それに引き込まれましたという感想を多くの方からいただきました。
その一方で朗読が長く、もっと曲を聴きたかったというご意見も頂戴しました。確かに一般的なコンサートをイメージして来られた方の多くは、そう感じるだろうと思います。
しかし、ひとつの曲の背景には必ずストーリーと感情があり、その音楽を存分に楽しんでいただくためにその背景を朗読で再現し、それをご理解いただいた上で音楽の持つ強いエモーションをより深く感じていただくために朗読コンサートとして開催しています。
ですから一般的なコンサートでは10曲以上演奏すると思いますが、その音楽には10話以上の背景となる物語が存在します。そこまで深く考えなくても音楽は楽しめるというご意見も分かりますが、音楽を耳で聴くのであればそれで十分かも知れませんが、音楽を心で聴いていただくためには作曲家が描いた世界観を再現し、そこに「感情」「感動」「情動」「情緒」を音で描くことで、作品のメッセージが聴く人の心に深く突き刺さるのだと思います。
さて、本日の料理は…
🍳 冷製アボカドクリームスパゲティ
🍳 あさりとエビの酒蒸し
🍳 ひよこ豆コロッケ
🍳 丸ごと玉ねぎスープ
2026年8月8日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
8月2日に開催した佐藤美香オーボエ朗読コンサートの残務処理も粗方片付きました。
今回のコンサートで初めて、常連のお客様を事前に招いて、1カ月後に開催するコンサートの趣旨や制作や作曲の舞台裏をトークを交えてのお話会を行い、お客様が知り合いのお客様に声をかけていただく営業スタイルを取り入れてみました。
すると新規のお客様が多数お見えになり、昨年50人以下だった来場者数が118人にまで急増しました。実際お話会にお越しになった方にお話を伺うと、渡されたチケットは全部売り切りましたと殆どの方がおっしゃっていました。またアンケート結果からも、演奏家本人からより知人から勧められたから来たというお客様が多かったことからも裏付けられます。
演奏家本人がどんなに頑張って集客しようとしても限界があります。だからお客様がお客様を連れてきてくれる営業方法が効果的であることが今回の結果で実証されました。
また今まで「◯◯さんのコンサート」を前面に立てて集客して来ましたが、名前で人を呼べるのはほんの一握りのアーティストだけであり、知名度が低いアーティストの場合は「企画」を前面に出してその魅力を最大限伝える宣伝方法に改めました。
具体的には①宮沢賢治の②注文の多い料理店の③オーボエとピアノと朗読による④佐藤美香さんと藤井由香さんと青柳美保さんのコンサートという順位で告知を行いました。
これによりクラシック音楽に興味がなくても、宮沢賢治に興味があるという他ジャンルのファンへの呼び込みが奏功し、会場が前橋文学館ということも相乗効果を生み出しました。
来年の日本文学コンサートの演目と出演者は現在選考中ですが、近現代の日本文学の素晴らしさをお伝えできる企画を画策中です。
さて、本日の料理は…
🍳 醤油ラーメン
🍳 豚たま中華風炒め
🍳 青椒肉絲
🍳 トマトの中華スープ
2026年8月6日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
ご存知かと思いますが、昌賢学園まえばしホール(前橋市民文化会館)は、老朽化した大小ホールの舞台機構設備等の更新を中心とした改修工事を令和9年7月から令和11年3月まで実施する予定で、この期間については大小ホール等の利用が休止となります。
群馬県民会館(旧ベイシア文化ホール)は、老朽化や利用減少に伴い令和7年6月20日に正式に廃止されました。
前橋テルサも、老朽化や維持費の高騰により 令和5年3月に閉館し、民間活力を導入した活用提案の公募が不調に終わったため、前橋市は解体する方針を進めています。
これら市民の文化活動の拠点が次々と廃止、休止となる県庁所在地は他にもあるのでしょうか?前橋市民は仕方なく高崎や近隣の文化施設を使わざる得ないのに、令和8年8月6日から令和8年11月26日までの間、高崎シティギャラリーも館内設備改修工事のため休館となります。
音楽畑のコンサートは規模が小さいので直接的な影響は受けていませんが、玉突き現象によって会場の予約が取れないことも想定され、来年度の事業計画の見直しを迫られる可能性もあります。かつてコロナ禍で文化活動が大幅に制限され、その後制限が緩和されてからもメジャー系のアーティスト以外は苦戦を強いられています。少子化や部活動の地域展開によってアマチュア活動も衰退傾向にあります。
文化活動が衰退すると、地域の魅力が薄れ、若者の流出や人口減少が加速します。共通の趣味や交流の場が失われ、住民同士のつながりが弱まります。郷土芸能や職人技が次世代に継承されず、地域固有の歴史が消滅します。多様な価値観や表現に触れる機会が減り、社会全体の創造力が失われます。ストレス解消や自己表現の場が減り、精神的な充足感が得にくくなります。
人が人として生きやすい街作りこそ、行政の最も重視すべき案件ではないでしょうか?
さて、本日の料理は…
🍳 ナスのガパオライス
🍳 カツオのエスニックサラダ
🍳 エスニック風こんにゃく炒め
🍳 鶏肉と春雨のエスニックスープ
2026年8月3日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
昨日、音楽畑として今年初めてのコンサートとして「佐藤美香オーボエ朗読コンサート“注文の多い料理店”」を開催しました。
今までは朗読とオーボエの演奏を組み合わせた朗読コンサートとして開催してきましたが、今回からは「日本文学コンサート」として、日本文学として後世に残したい名作に、音楽によって活字だけでは伝えきれなかった場の空気感や登場人物の感情を与えることで、作品に新たな生命を与えることに挑んでみました。
今回取り上げた「注文の多い料理店」は宮沢賢治の作品の中でも良く知られた作品のひとつですが、幻想世界での紳士と山猫のやりとりが描かれるこの作品を通じ、賢治が伝えたかったことが分かりにくい部分があるので、前半の部の四つのエピソードによって作品の謎解きとなる鍵を伏線として散りばめ、後半の部で「注文の多い料理店」の朗読と演奏と、最後に「雨ニモマケズ」の朗読を行いました。その上で宮沢賢治が伝えたかった命の尊厳とデクノボーの精神が、お客様の命を愛おしむ心に伝わり心が浄化されたとすれば、このコンサートを企画した者としてこれ以上ない喜びです。
昨年のコンサートが50名弱の来場者だったので80名程度だったら嬉しいなと思っていましたが、何と2.5倍の来場者がお越しになったため、椅子が足りなくなり急遽演奏中に倉庫から椅子を運び入れるほどでした。
昨年の臨江閣と言い、今年の文学館と言い、会館の入場定員をはるかに上回るお客様にご来場いただいただきことに厚く御礼申し上げます。
さて、本日の料理は…
🍳 海鮮ねばねばバクダン丼
🍳 赤魚の照り焼き
🍳 ほうれん草の胡麻和え
🍳 とろろこんぶのお味噌
2026年8月2日

本日14時から前橋文学館ホールにて、佐藤美香オーボエ朗読コンサート“注文の多い料理店”が開催されます。
今回は難解な表現を含む宮沢賢治の“注文の多い料理店”を取り上げたので、賢治の伝えたかったことを分かりやすく翻訳する四つのエピソードを前半の部に用意しました。
動物の命を値段でしか見ない 2 人の紳士と、2人を料理して食べてしまおうとする山猫を描いた“注文の多い料理店”なので、前半の部で殺処分される動物の処理費用を描いた『命の値段』、エアガンで撃たれて半身不随になった猫を引き取った親子を描いた『この子の足になる』、1980 年に大ブームとなった「なめ猫」のモデルとなった又吉とその後の物語を描いた『なめ猫 又吉の物語』、学校で飼われていた猫が最期に生徒に伝えたかったことを描いた『最後の授業』を組み合わせることで、宮沢賢治が描きたかった「命の尊厳」を、より理解しやすくお届けする構成になっています。
人は食べることで生きています。でもそれは他の生き物の命をいただいて生きているということです。確かに命には限りがあり、いつかは死を迎える日が訪れます。しかし、命は滅びても魂は生き続け、再び新たな命として蘇るという宮沢賢治の死生観によって心を浄化していただければ幸いです。オーボエは佐藤美香、ピアノは藤井由香、朗読は青柳美保でお送りします。
さて、本日の料理は…
🍳 ボンゴレスープパスタ
🍳 コンソメ味のロールキャベツ
🍳 カブと鮭のクリーム煮
🍳 かぼちゃポタージュ
前橋新聞 me bu kuで取り上げていただきました。
https://mebuku.city/news/interview/post-63346/
2026年8月1日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
音楽性という言葉がありますが、音を通じて感情や物語を表現する能力・才能、またはその楽曲やアーティストが持つ音楽的な傾向や特徴のことを指し、単に正確な音符をなぞるだけでなく、リズム、強弱、音色をコントロールして聴き手の心を動かす「表現力」の深さを指します。
SNSやYouTubeで演奏動画を見ていると、エクスタシーに浸りながら演奏するしている人を見ることがあります。おそらく本人は音を通じて感情や物語を表現しているつもりなのでしょうが、音楽の流れの中で長調から単調に転調したり、和音がテンションコードになって不協和音が散りばめられた小節になっているのに、そんなことはお構いなしにエクスタシーに浸った顔で演奏しているのを見てしまうと、この人の音楽性は疑わしいと思ってしまいます。
私は音楽性というのは顔の表情の様なものだと思っていて、心の動きが自然と口元や目に出てしまう様に、本人が意図的に作り出すものではないと思っています。作り笑顔はどんなに笑顔を作っても目が笑ってなかったりする様に、その人の感じている感情や物語が自然と音に出てしまうのだと思います。
先日8月2日の「注文の多い料理店」の朗読と演奏の最終練習を行ったのですが、ピアノの藤井由香さんのフレージングとそれに伴うアゴーギグ(テンポの揺れ)が絶妙だったので、そのことを本人に伝えたところ、本人は全く意識しておらず、ただ自然に弾いただけですとあっけらかんとしていました。これこそ音楽性というものの正体で、豊かな人は喜怒哀楽が顔に出る様に、その人の心の中の喜怒哀楽が音に出てしまうのだと思います。
優れた音楽家を目指す人はいつも表情豊かであることを心がけると、自然と音楽性が豊かになると思います。だからミュージシャンなのに俳優でも成功している人が多いのは、そんなところにも秘訣があるのだと思います。
さて、本日の料理は…
🍳 ズッキーニの麻婆豆腐丼
🍳 鶏肉のカシューナッツ炒め
🍳 生姜と大根の中華スープ仕立て
🍳 卵ときのこの中華スープ
