小雪のハンガリー音楽留学レポート【第18回】

2025.6.18

第18回 音楽院 授業内容⑤
今回は必修科目の座学系と区分した授業の「音楽史」の紹介です。それぞれの大学でカリキュラムに違いがありますが、ここリスト音楽院での授業内容や、先生により前期と後期とでガラリと内容が変化したりすることがあるので、実際の授業の様子も踏まえてレポートしていこうと思います。また10月に桐生で開催する事になった私のリサイタルに関する内容を、今回から計5回にわたって掲載します。是非、最後まで目を通して頂けたらと思います。

—音楽史
大学院では、より専門的に分野を絞って一つのテーマについて理解を深めていきます。音楽史全体の流れなどについては、テーマの説明の付随事項として内容を確認します。今年は例年とは違ったのが、前期と後期とで先生が変わった点です。他の学生に話を聞いたところ、基本は通年なので一年を通して同じ先生がクラスの担当となりますが、今回は先生の転職の関係で、後期から先生が変わる事となりました。

前期の秋学期のテーマは、19世紀末における室内楽についてでした。主要な作曲家の作品をもとに、音楽の変化を時代ごとに区切って見ていきます。まず導入として19世紀の室内楽音楽の傾向を説明し、次に授業ごとに代表曲とその作曲家の説明がありました。最後の計3回の授業では、一人につき約20分のプレゼンテーションを行います。どのような時代背景なのか、どういった音楽が当時流行していたのか、それがどう作品に影響しているのかなど、より細かに流れを追いながら知識を得ていく授業内容でした。特にヨーロッパでは19世紀となると、革命や戦争といった波乱に満ちた時代が作曲の背景に関係してきます。各国からの勢力や政府からの圧力、それらを支持・不支持する民衆からの反応などを知っていくと、作品を聴く視点が全然違ってきます。もちろん、メロディやリズム、楽器の構成などを踏まえての楽曲分析も行われました。こうした内容を、先生なりの解釈をもとに説明を受けて、その後に実際に音源を聴くというサイクルで授業が進みました。プレゼンは授業内で扱ってない作品を、指定された年代の中から選び、発表するものでした。スライドに①作品概要、②作曲家について、③作品分析、④作品に対する見解という大まかに4つの題材をもとに作成し、それぞれにさらに説明を付け足しながら英語で発表するというものでした。私の場合、最後の発表後に先生から作品を選んだ理由を聞かれたりしました。

後期の春学期は、モーツァルトのオペラについてでした。新しく変わった先生の専門分野でもある為、より細かなアプローチでの授業でした。ドン・ジョヴァンニや魔笛、コジ・ファン・トゥッテなど、いくつかの有名作品を題材に、当時の流行や音楽状況を踏まえながら理解を深めていく内容でした。特に注目したのは、モーツァルトのオペラ作品での意図です。作曲家にとって大衆の反応とその注目度は欠かせないもので、常にそこに意識を向けていなければいけません。今ではモーツァルトは音楽史において名を馳せているものの、中には不評に終わり苦しんだ作品もありました。オーストリアのウィーンやドイツなど数々の国を巡りながら演奏活動や作曲活動に励み、大衆と貴族から評価を得た後も、モーツァルトは社会情勢を重視し、それを音楽に反映させていたようです。それはオペラ作品の題材からも読み取ることができ、登場人物の性格と音楽要素の矛盾といった面白い視点を学びました。例えばヒステリックな場面で嘆き悲しむ中、急に落ち着いたメロディが舞い込み、この場面転換に人間味ある情緒が映し出されていて、モーツァルトの心理描写への深い洞察力が伺えます。このようなより深い音楽の読み込みは、実に新鮮で楽しかったです。

【音楽史の授業の様子、先生が用意するプレゼンをもとに説明を受け、さらにオペラ鑑賞や楽譜の参考も加えてより詳しく学ぶ。】

—近況報告
ヨーロッパでは新年度が9月始まりの為、今がちょうど年度末に当たり、試験やクラスコンサートが数多く開催されました。音楽院内の小ホールと大ホールに加えて同じ建物内の色々な階で、毎日のようにクラスコンサートが行われていて、年度末に差し掛かったのだなと感じます。実技のクラスコンサートに関しては、それぞれの先生の方針によって4月頭から中旬にかけて無観客のミニコンサートを開催しているところもあります。また例年通り、年度末前に半年の集大成を披露する場として、4月の下旬から5月上旬にかけて観客を入れて公式的に開催するところもあります。私が師事している先生方も、例年通りクラスコンサートを行いました。

室内楽では、あらかじめ開催日時が事務局側から出されているので、2月下旬、遅くとも3月頭までには、どの時期のクラスコンサートに出るかを話し合います。それぞれの学生の都合も配慮されるので、きちんと話し合う際に先生にその有無を伝えなければいけません。自分の予定を優先し、互いにより良い状態で迎えられるように日程を決めます。コンサートとは言っても、この場が室内楽の成績評価に繋がるので非常に大事です。そして各自、半年かけてじっくりと曲を仕上げて行きます。

【室内楽のレッスン室の様子とそこからの風景。】

私たちも、それぞれ秋学期と春学期の半期ごとに、合わせて2曲を学びました。クラスコンサートの様子はというと、みんな自由に出入りし各々演奏を楽しんでいるようでした。ヨーロッパの風習と言いますか、演奏後に再度挨拶を促すかのように、拍手から変わって観客全体でリズム良く手拍子をし始めるのには、こちら演奏者側も観客側もみんなで一体となっているかのような感覚をもたらして、とても楽しい気持ちにしてくれます。その後クラスコンサートが終わると、各自先生から講評を聞きに行きます。その時も気さくに話すのが楽しく、つい成績評価に繋がる意識が薄れてしまいます。私は来年も在籍する為、早速、先生にクラス受講の約束を取り付けましたが、寂しいことに一年の交換留学のようなプログラムで来ていた相手の子とはお別れになります。また新たな良いパートナーと巡り会えるよう、祈ります。

【室内楽のクラスコンサートの様子。譜めくりも各自知り合いに頼む。】

実技では二人の先生に師事するのが必須なので、それぞれのクラスコンサートがあります。ただ、今回の春学期は一人の先生のみの開催となりました。理由としては、門下生の数が圧倒的に少ない4人で、うち2人は交換留学プログラムで在籍している為、リスト音楽院では試験を受ける必要がなく、代わりに各々の出身学院の試験を受けることになっているからだそうです。そうなると、元々の趣旨として試験の予行演習代わりになるところが、私を含めた二人だけになってしまったので、内輪であってもクラスコンサートにはならないので見送る形となりました。それでもクラスコンサートを開催するのはとても面白く勉強になり、色々な曲をいっぺんに聞けたり、体の使い方を観察することができたり新たな発見があります。特にヨーロッパの人の演奏からは、ピアノへのアプローチの仕方の違いを感じます。体の軸がしっかりしていてブレず、常に姿勢が良く見えて、良い力加減が働いていると気づきました。よく表情豊かに演奏される人がいますが、ヨーロッパの人の表情は必要最低限に抑えて表現している様に感じ、文化の違いを感じました。

—リサイタル開催にあたって
①概要説明
この度、有難いご縁により、篠原小雪ピアノリサイタル2025“ハンガリーの風”を開催する事となりました。日時・会場は10月4日(土)に桐生市有鄰館酒蔵にて行います。開場は13時半、開演は14時からとなります。今回のコンサートでは、ハンガリーへの留学をテーマに、MCとして参加下さるフリーアナウンサーの青柳美保さんの協力のもと、演奏の合間にさまざまな留学体験を盛り込んだトークを行います。またピアノリサイタルに加えて、私の母である篠原真美子の書の作品展示を兼ねての開催となり、音楽と書の異世界な融合も楽しめるかと思います。このリサイタルは、前半と後半の2部制になっていて、前半は「留学先のハンガリーの生活環境についてのトークと演奏」を、後半は「留学生の仲間とヨーロッパの国々についてのトークと演奏」を行い、公演時間は約2時間を予定しています。是非、お時間がありましたらご来場下さい。お待ちしております。

さて次回も、引き続き音楽院の授業内容についてです。ここでは、座学系と区分した授業の「分析」の紹介になります。どういう授業内容か、また日本とヨーロッパとの授業の様子の違いなどにも触れつつ、レポートとしたいと思います。