2026年7月8日

8月2日(日)前橋文学館で開催される佐藤美香オーボエ朗読コンサート”注文の多い料理店“で取り上げる宮沢賢治が生前に得た文学作品による生涯の収入は、わずか「5円」のみ(現在の価値で約1万〜2万円)でした。
生前は作家として無名だったため、唯一原稿料が支払われたのは、雑誌『愛国婦人』に投稿した童話『雪渡り』だけだったといわれています。代表作である『注文の多い料理店』や『春と修羅』などは自費出版であり、ほとんど売れませんでした。
そのため宮沢賢治は25歳から約4年間、農学校の教師として月給を得ていましたが、その大半をレコードや本の購入、病気になった教え子への経済的支援に費やしていました。
その後、教師を辞めて始めた私塾「羅須地人協会」では、農業や芸術を無償で教えていたため、ここからの収入はゼロでした。下肥(肥料)のやり方の指導や、畑を自ら耕すことで自給自足に近い生活をしていました。
晩年の1931年(昭和6年)には、壁材などに使われる石灰岩を普及させるため、東北砕石工場の技師(嘱託)として働きましたが、この給料は現金ではなく「炭酸石灰(石灰岩の粉末)」という現物で支給される契約だったため、賢治はこれを自ら売り歩くために上京しましたが、そこで倒れてしまいこの仕事は長く続きませんでした。
そんな経済的には困窮していた賢治が、文学や農業の理想を追い求めることができたのは、実家が非常に裕福な「古着屋兼質屋」であったことが大きく影響しています。賢治自身がお金に困った際は、厳格ながらも理解のあった父親からの仕送りや、実家の資産が大きな盾となって彼を支えていました。
若い頃、貧しい農民から古着や質種を巻き上げ富を得ていた父親に反発して家を出た賢治でしたが、結局は父の援助によって自費出版した作品が死後に文壇から評価され、今の宮沢賢治があるのは父の愛のおかげとも言えます。
生前は誰からも認められず、自分のことは勘定に入れず、他人のために尽くす木偶の坊(でくのぼう)と呼ばれ、37歳という若さで天寿を全うした賢治の魂をお客様の心に蘇らせたく、このコンサートをお届けします。
さて、本日の料理は…
🍳 オムタコライス
🍳 ミートソースとバジルチーズの揚げ餃子
🍳 フロランタン
🍳 海老のビスク
2026年7月6日

自分の人生を振り返ると、十代の頃は茫漠とした日々を過ごしていて、誰からも評価されることもなく、ただ気の向くままに好き勝手なことをしていました。
その後大学を卒業したものの、これと言ってやりたいこともなかったので、親の職業を継いで教師になりました。しかし、本来ズボラな私は毎日決まった時間に出勤して、決まった時間に授業をする毎日に、どうしても教師なんかになってしまったのか?やっぱりこの仕事は向いてないと、3ヶ月も経たないうちに毎晩親にこぼす様になりました。しかし、仕事はつまらなかったものの、部活だけは楽しくて毎日それだけが楽しみで仕事をしていました。
そして約一年の準備期間を経て、私自身生まれて初めてコンクールというものに挑み、吹奏楽コンクールで金賞を受賞しました。人生で表彰されたことなど一度もなかったこともあり、他人から認めてもらえたことがこんなに嬉しいのかと知りました。
その後、二十代は他人から認められたい一心で駆け抜けましたが、三十代になると金賞や県代表になるのは当たり前となり、関東の壁を抜けて全国大会に出ることの難しさに阻まれ続け、次第に部員たちの笑顔も少なくなっていました。
そして、部員から私たちは金賞を獲りたくて音楽しているんじゃない!音楽を楽しみたくて吹奏楽部に入ったのに、今の部活は全然楽しくない!とまで言われ、自分の名声を得るために部員たちをダシにしているだけではないかと思うようになり、それならいっそ部員たちを自由にさせてあげようと思うようになりました。
その結果、県代表にはなるものの全国大会への道は完全に閉ざされてしまいました。そのため多くの先生からもっと真面目にやれとお叱りを受けましたが、学校を卒業すると同時に吹奏楽から離れて行った部員たちが、市民バンドやアマチュアオケやアマチュア合唱団に属して音楽を続ける様になりました。
あれから40年近く経った教え子たちが多く所属している市民バンドは、コンクールに出ずに自分たちの演奏を楽しんでいます。何故コンクールに出ないの?という人が門を叩くこともあるそうですが、自分たちは他人から認められたくて音楽しているんじゃない、自分で好き放題やって、それで満足できれば最高じゃない!と自分たちのポリシーを貫いているようです。
青春時代に勝つことを義務付けられて吹奏楽をしていたことを心底後悔したからこそ、還暦近くになっても仲間と一緒に音楽を楽しんでいるようです。
さて、本日の料理は…
🍳 アボカド丼
🍳 豚の塩麹生姜焼き
🍳 いんげんのごま和え
🍳 ニラと卵のお味噌
2026年7月5日

音楽事務所を始めて、音楽を生業とする人たちとのお付き合いが始まり、数年が経つうちに個人事業主の音楽家が心得ておくべきことが分かって来たので、機会あるごとにコンサルタント的な助言もさせていただいています。
プロの音楽家として持続的に活動するためには、音楽スキルだけでなく「ビジネス経営者」としての、お金、契約、マーケティング、自己管理の4つの視点が必要です。
「お金」の管理
①毎年2月〜3月に国税庁への確定申告
②節税効果が最大55万円(電子申告等で65万円)になる「青色申告」
③経費となる楽器の購入・メンテナンス費、スタジオ代、衣装代、打ち合わせの飲食費、移動交通費などの領収書やレシートの保存管理
④インボイス制度への対応
「契約」と「権利」
①口約束ではなく「書面」で契約を交わす
② 自分が作った楽曲の権利(著作権)や、録音された音源の権利(原盤権)
③JASRAC(日本音楽著作権協会)やNexToneなどの著作権管理団体への信託
「複数の収入源」
収入のポートフォリオ(組み合わせ)
①【労働集約型】: ライブ演奏、サポート演奏、楽曲提供、レッスン開講
②【ストック型】: 音源のデジタル配信(Apple Music、Spotify等)、音楽素材サイト(Audiostock等)での販売、YouTubeの広告収入、ファンクラブ運営
「自分という商品」のセルフブランディングと営業活動
①WEB上の拠点を構築するSNS、公式ホームページやポートフォリオサイト
②プロフィール、過去の実績、演奏動画(音源)、問い合わせフォームの集約
③ビジネススキル(報連相・納期)の遵守
「身体とメンタル」
①個人事業主には有給休暇も病気手当(傷病手当金)もありません。
②国民健康保険や年金の未納を避ける
③公的保険の加入、民間の就業不能保険への加入
社会人経験がなく、そもそも言葉が理解できないという方は遠慮なくご相談ください。
さて、本日の料理は…
🍳 アップルパイ
🍳 豚バラ肉の角煮風
🍳 濃厚プリン
🍳 きのことキャベツのコンソメスープ
2026年7月4日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
平成の時代の終焉とともに教職人生を卒業し、セカンドキャリアとして音楽事務所を起業して8年目に入りました。最初はコロナ禍に見舞われ開店休業状態でしたが、徐々に3密も解除されいつもの日常が帰って来ましたが、その後も客足はサッパリで様々な試行錯誤を繰り返す日々が続きました。
しかし、退職金も底が見えてきたこともあり、これでダメなら廃業しようと退路を絶って臨んだ、障害者の実話をもとにした朗読コンサートを開催したところ、今まで経験したことのない感動的なコンサートになりました。
それに味をしめて朗読と演奏を組み合わせた朗読コンサートを開催したところ、入場者数が毎回右肩上がりに増えて来ました。最初は20人規模の会場で開催して来ましたが、翌年は50人規模、その翌年は100人希望、そして今年は200人規模の会場で開催することになりました。
そのため今までは入場券も手売りが基本でしたが、お客様がお客を呼んでくるネズミ講式になりつつあるため、音楽畑のことを知らない人でも企画内容を深く知ることができるように、毎日私がSNSに投稿している音楽関係の記事をいつでも見られるように、今年の4月からホームページのブログにも料理の写真付きで掲載するようにしました。
お時間のある方は、そちらもご覧ください!
さて、本日の料理は…
🍳 豆乳豚骨ラーメン
🍳 焼き餃子
🍳 麻婆豆腐
🍳 エビのチリソース
🍳 サンラータンスープ
2026年7月3日

今日もシェフヒロサワの『音楽畑で豊かな時間』のコーナーです!
公立中学校で「部活動の地域移行」が大きな転換期を迎えています。文科省は2032年度からの完全実施を目指していますが、過渡期の混乱も深刻で、都道府県によって状況も様々であるため、進捗具合も進んでいる県もあれば、遅々として進まない県もある様です。
そんな中、前橋市は「令和9年8月末までに、休日の学校部活動を地域クラブ活動へ移行し、令和12年度末までに、平日に地域クラブが活動できるよう体制の整備を目指します。」とガイドラインを示しました。
ベースにあるのは運動部活動ではあるものの、校内での活動となる文化部、特に吹奏楽部の地域移行(地域展開)はモデル校を指定しての実証実験を行なっています。
校庭や体育館などの学校体育施設は開放していますが、校舎内が利用されたという実績はないため、文化系の地域クラブが夜間や休日に校舎内で活動しようとする場合、学校の職員以外が警備システムを操作して解錠・施錠を行う必要があります。そこで、
〇学校の解錠・施錠や使用後の点検等を、民間事業者等の第三者に委託する。
〇学校の警備システムを、これまでの学校全体の解錠・施錠を行うものと、地域クラブが使用する場所の解錠・施錠を行うものの2系統に分ける。
令和8年度モデル校 前橋市立富士見中学校
こうした学校枠に捉われない活動の新たな価値や可能性を探るため、以下のような活動を進めていきます。
〇ローズ・ウィンドアンサンブル(令和6年~)
「吹奏楽で学校教育(部活動)と社会教育(一般バンド)を繋ごう!」をキャッチフレーズに、中学生から社会人までの幅広い演奏者が一堂に会し、通年で合同練習会を実施し、定期的に演奏会も行っている。
これら部活動の地域移行(地域展開)に向けた様々な取組みが全国で行われていますが、要は学校から部活動を切り離すという前提なのに、部活動は教育活動なのだから教員のボランティアは当たり前、地域移行(地域展開)しても社会教育なのだから地域のボランティアは当たり前という金を出し渋る国の体質が改めない限り、いつまで経っても教員の負担は軽減されないと思います。
さて、本日の料理は…
🍳 豚ロースの甘辛ダレ丼
🍳 赤魚の煮付け
🍳 豚の角煮
🍳 もずくの味噌汁
